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2016年1月18日

悪夢のような1週間が終わる。
沈んだ気持ちで起きる目覚めの悪さも、夢なら醒めてほしいと願う朝も、まだまだ続く。大きく思うことは1つ。SMAPは終わってはならない。このような事務所のヒステリックで横暴な行動で、SMAPを終わらせてはならない。日本の芸能史に残るグループが、このような幕引きをしてはならない。

昨日のSMAP×SMAPでの生放送での謝罪。
恐ろしくどす黒く忌々しい空気に包まれ、恐ろしく顔を強張らせ、言葉を詰まらせるSMAPを私は見たことがない。幾度となく、同じ番組内で謝罪会見を行ってきた。友の一人が旅立った時も、公的機関に多大なる迷惑をかけたときも、霞が関を揺るがす事態になった時も、彼らはカメラに向き合い彼らの言葉で自分たちの気持ちを伝えてきた。だから、彼らは知っているはずなのだ「ファンの支え、存在」がどのようなものなのかということを。なのになぜ今改めて初めて気付かされたというような懺悔を行うのか。知っているだろう、覚えているだろう。なにを今さらと思うような言葉を紡ぐSMAPが、SMAPではない何か別の生き物に見えて仕方がなかった。囚人のように処刑される寸前の人間にしか見えなかった。

この5年彼らはテレビの前で5人並び、毎週支援を呼びかけ続けた。いやその前からずっと、彼らは自分たちの言葉を、気持ちを伝えていた。目線はしっかりとカメラに向け、真摯な言葉を投げかけてきていた。なのになんだ、あれは。草なぎは露骨に視線を合せなかった。抑揚のない声で、台詞と思われる言葉を紡いでいた。そして突然湧いて出てきた「ジャニーさん」という言葉。なぜ今まで一度も出てこなかった社長の名前が出てくるんだ。なにを社長に謝ったんだ。君たちはいったい誰に対して何を謝っているんだ。騒がせたことをか?それなら普段のファンの出待ちのほうがひどいだろう?彼らは視線を送るカメラの向こう側にいる人間に対してか?私たちファンには、ただただSOSしか、異常事態しか聞こえてこなかった。


私はこの放送を見たときに、まず初めに絶望した。この喉元に銃を突きつけられているような生放送はなんなんだと。なぜ開始の演出に「世界に一つだけの花」を使うのかと。これで幕引きにするために無理矢理に準備した場なのではないかと思ってしまうほどひどい茶番劇だった。「SMAPは死んだ」と思ってしまった。いつも自分たちで道を切り開き、発信してきた彼らとは思えない姿に酷く嘆いた。悔しかった。敗北宣言のように捉えてしまった。悔しくて悔しくて、涙を流した。こんなにも理不尽な仕打ちがあってたまるのかと。40を超えた大人の男が、大衆の面前に晒されて、何一つ犯罪を犯していないのに、業界内に流れる悪しき慣習と、経営陣の個人的な感情のためだけに頭を下げさせられている。その事実が悔しかった。21世紀に生きるこの時代にこのような醜い日本社会の縮図を見せつけられるということに背筋が寒くなった。そして思ってしまった。「SMAPを解散させてくれ」と。この絶望から彼らを救うには終わらせるしかないのかもしれないなんて思ってしまった。

しかしこれはこうしてファン心理を離すためのものであるのかもしれない。そして一般の関心をそらすためのものなのかもしれない。
確かにこれは効果覿面かもしれない。一般層のテレビしか見ないような人間はすでに問題は解決していると認識している。ファンの中には私のように気持ちを落としている人も多いはず。

木村拓哉は、先週放送された自身のラジオ番組で「いつか自分たちの言葉で話せるときがきたら、このラジオ番組で伝える」と明言している。それはすなわち、このテレビ放送の事態を予測していたということ。想定の範囲内の出来事だったということ。あれは「嘘」であるということ。忘れてはいけない。木村拓哉がどのような男か一番理解しているのはファンなのだ。中居正広は、行動で示した。あの2015年の大晦日に木村拓哉と連れだってSMAP SHOPにやってきた。それがすべてなのだと。そして彼らはいつもファンに向けて言っている言葉がある「おれたちを信じろ」と。

だから信じることにする。待つことにする。耐え抜くことにする。今悲しみは過ぎ去り怒りがこみ上げている。私もしがないながら一社会人として働く身。世の中の理不尽さの縮図を見せつけられて引き下がるわけにはいかない。ハラスメント、コンプライアンス遵守が歌われる現代で旧態依然な行動が大衆の面前でテレビという文明の利器を使われて行われた事実を許してはならない。ジャニーズ事務所の横暴さが日の下に晒されて状況はきっと変わると信じている。そうなるように行動する。

これは始まりなのだ。
2016年1月18日(月)この日は、SMAPにとって険しく長い道のりが始まった時なのだ。
こんなことが許されてはならない。芸能界を、いや日本社会を変えるべきときなのだ。

ファンは勝手だと思う人も大勢いることは承知している。でも違う。これは違う。ワタミ東芝といった企業が晒されてきたパワハラ・ブラック問題と同じことなのだ。日本社会の課題なのだ。

もう一度、SMAPの本当の笑顔を見たい。もう一度歌を聞きたい。私はSMAPを信じて突き進む。

不安になった時、どうしようもなくつらくなったとき、この憤りを思い出し力に変えたい。

SMAPを終わらせるわけにはいかない