冬の話~2025年再び香港に行くよ!!!!①~

表題のまま。

ということで、急遽クリスマスの香港に行くことにしました。

ここでこれまでの経緯を整理。

2019年1月:香港初上陸。マジックアクセスを作る。
2019年春:香港のデモが発生して、香港に通うつもりが渡航の不安から行けず。
2019年5月:トレグ終了。舞浜からも足が遠のく。
2020年~2023年:パンデミック。香港ディズニー休園。渡航制限。
2022年:ワタシ、転職する。
2023年~2025年現在:めちゃくちゃ舞浜に通う。

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コロナ禍前の香港は、本当にキャラクターグリーティングの天国で、憧れの場所でした。だってディズニーホテルではグーフィーのグリーティングが絶え間なく行われているんだもの!という素敵な場所でした。その後デモやパンデミックの影響で渡航制限がかかり、またコロナ禍以降は円安の影響もあり海外旅行が憚られる毎日です。1香港ドルが20円ってなに?!!な頭。(14円くらいだったじゃん!)また、物価高の影響も香港は多分に受けているので余計に遠くに感じる日々でした。

今年香港ディズニーが20周年ということは昨年から意識していて、2025年11月の連休に行けたらいいなあ・・・と思っていたのですが、今年の春ごろになり飯田洋輔さんのコンサートの予定が入り、行けないじゃん!!!となりました。また、私の住む三重から香港へのアクセスもまあ悪くなりました。飛行機の情報と睨めっこしていたんですけどね。

だがここで先月の私は気づいたのです。先述の飯田洋輔さんのコンサートについて、大阪公演がこの11月の最後の連休前の木・金に行われる=私は大阪に行くためにフレックスと有給を取る=5連休になる=大阪から香港に飛べば良いんじゃない?!ということに。

ということで香港に行くことにしました~!マジックアクセスを購入後も毎年毎年節目節目に香港においでよ!マジックアクセス復活しなよ!ハロウィンだよ!クリスマスだよ!とオファーメールを送ってくれていた香港に再び参ります!!!

けどね、やっぱり昔の香港に比べるとグリ減ったよね。本当に減った。
ホテルのキャラダイももっと自由でキャラクターの登場回数も多くて・・・という状況だったのにね。だって昔はメインストリートで同じ時間にBIG8のグリをしていたのにね。香港って土地柄的にどうやって人を集めているのかと思っているんだけどやっぱり採用難なのかしらね、ここも。香港の物価で生活するの大変だろうね。

それでも香港に飛ぶ日本人は多いからなあ。オタクの層が入れ替わっているとはいえ。私は、サンタグーフィーのグリが行われることを祈るばかりです。

私の話

昨晩のフジテレビ系列で放送された容疑者xの献身を見て思うところがあり、これまで記録するつもりもなかったことをここに書き残そうと思う。

容疑者xの献身の存在は知っていて、ただ、原作である小説はもちろん、映画版を見たことはこれまで一度もなかった。ガリレオのテレビシリーズは見ていたかな、という程度。昨日なんとなく見ていて、物語のミスリードであったり、堤真一が演じる石神の存在そのものが視聴者に与える印象というものが非常に驚きを与えられたというか。特に、ラスト30分以降明らかになる事件の真相、石神の行動の真意、その純愛・・・純愛ではない。石神が抱いた花岡親子への恩義。このストーリを知り、なぜこれまでこの映画を見てこなかったんだろうかという後悔と同時に、この石神の行動原理はこの1年半の間に私自身の人生に起きたことそのものじゃないかと驚かされた。なにかこのタイミングで見ることが必然であったかのような、そんな気持ちを抱きました。

私はあなたに感謝しているのです。
人生に絶望し全てを投げ出そうとしていた私を、
救ってくれたのはあなたなのですから。
私が何を言っているのか、あなたはお分かりにならないでしょう。
それでいいんです。

私は、2024年に入って精神疾患を患いました。よくある鬱病。今現在として寛解には至っておらず薬物治療を継続しています。原因としては話が長くなるけれども、すべて仕事・職場における私自身の存在意義が分からなくなったことによるものかなと。一つとしてはコミュニティから外される、疎外感を覚えたことによる絶望。もう一つとしては、職場環境(転職後すぐの人員の不安定さ)、自身の理想と現実の違い。これまで私はメンタル疾患にかかる人をたくさん見てきたのだけれども、単純に長時間労働(まあ労災認定にあたっての指針なので)であったりパワハラなどのハラスメントからなるのかなと思っていました。でもこれはその通りでもあるけれども他方少しずれていて、コミュニティからの排除・疎外・孤立意識からくるものなのだと。その人の自信であったりやる気、自己肯定感・・・そういったものが様々な要因で削がれていくことによって起きるのだと。少なくとも私はそれが原因でした。(後々に罹患したことのある人に話を聞くと似たようなことを言っていたのであながち間違いではないかなと思う。まあきちんと資料などを読んだりはしていないので、あくまでも自己分析の結果・・・ではあるけれども)

このコミュニティからの排除・疎外・孤立意識というもの、これについて、人間というものは生まれたときから何かしらの社会に帰属し、社会の中に生きているということを潜在意識に刻み込まれているわけです。家庭・学校・会社・・・この中の一番小さなコミュニティで、かつ死ぬまで影響を与えるものが家庭。
私自身の話に戻るけれども、私の家庭というものは今思うと幼い時から現在まで非常に不安定でした。なぜかといえば一般的にいう”普通”の家庭ではなかったから。(今これを語るつもりはない)精神疾患に罹った時、まず頼るのは家庭・家族になると思います。しかし、私の三親等以内の人間は病気への理解や私自身への理解はなく、非常に独善的/自己正当化している人間ばかりでした。(まあ簡単にいえば、精神疾患の標準的な治療(薬物治療)を否定してきたんですね。とんでもないですね。これに関して言えば、医療従事者である親族が助け舟を出してくれたので、その後は放置状態となりましたが、まあこの通り察するに余る状態な家族というわけです。)

また、この精神疾患の原因となる会社。これがまた非常に困ったことで、自宅から会社がものすごく近い。とても近い。なので結果的に診断が下りて2週間後に休職となったのですが、この休職期間となっても心理的に落ち着かない。通常、鬱病とか適応障害っていうものはその原因からひとまず遠ざかる必要がある言われています。が、私にしてみると普段の生活圏内に会社がある。これは本当に良くなかった。全く体が動かなかった時期(倦怠感が非常に強い時期ですね)に関しては良いのですが、徐々に体が動くようになると散歩など体を軽く動かすことを勧められるわけです。でも外に一歩出ると会社が見える。環境的によろしくない。ということで私自身非常に悩みました。

こういった周囲の環境(家族・会社)から、とにかく自宅にいることすら苦痛でした。嫌で嫌で仕方がなかった。嫌という気持ではなかった。このままの状態ならここにいる意味がない。そういう心理状態に陥ってました。ただ、これを医師にいうことはなかったです。だってこれ医師の考えることではないから。なので私は窮地に追いやられたのです。

ここで私の趣味の話になります。私の趣味・・・このブログを過去から読むと分かりますが、映画だったり、舞台を見ることだったりします。ここ数年は趣味の場がとある場所となりました。そう、東京ディズニーランド。とにかく逃げ場が欲しくて、この地から逃げたくて、診断から2か月程度経ったある日、私は無理矢理東京ディズニーランドに行くことにしたのです。通常鬱病の患者が身体的に負荷の掛かる行動を取るのは難しいのではないかと思われそうですが、何故私がこの地に行けたのか、ということになると、何も考えなくても行動ができる場所であったからということと、私がグリーティングだけをしにディズニーへ行くディズニーオタクだからということになります。アクセスの仕方、宿泊地の選択、園内での行動、周辺の地理・・・私にはそれらの知識があり、かつ、私にとってのパターンが全部決まっていたので何も考えずに行動できたのです。またアトラクションに長時間並ぶなどということもしない人間なので行けるだろうと思い行きました。普通の人にはお勧めしません。私には這いつくばってでもだどりつける手段と考えがあったからです。
(ちなみに当時、舞台を見ることは非常に苦痛でした。うつ病の症状として感覚過敏があり、光や音というものに非常に弱くなっていたので劇場という場は私にとって一番の鬼門になっていました。実際何本か見に行けなかった。)

私がディズニーランドにどっぷりと浸かることになった切っ掛けというのは、とあるキャラクター、というかグーフィーなのですが、そのグーフィーとのふれあい(グリーティング)がきっかけです。コミュニティからの疎外・排除を味わい、絶望の淵にいた私が最後にたどり着いた場所、助けを求めたものがグーフィーでした。まあ迷惑な話ですね。

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私とグーフィー。私はゲストで、グーフィーは夢の国の住人(夢と魔法の王国?冒険とイマジネーションの海?まあどちらでもいいです。)。とはいっても、でもグーフィーも生きています。遊びに行けば、旧知の仲になることもあります。そう何度となく遊んできたグーフィーに鬱を発症後初めて会い行きました。グーフィーはもちろんそんなこと知りません。当たり前です。私がどこから来ているかも知りません。そんなこと話したこともない。なんとかたどり着いた舞浜、そこで会ったグーフィー。私はグーフィーの姿を見たとき、凄まじい安堵感に包まれました。グリーティングしたとき、思わず自分の身の上のこと、自分が今苦しんでいること、ここ1か月以上外出ができておらず久しぶりに会いに来たことを、グリーティングをするオタクがよくある口調でぺらぺらと話したのです。そうすると、なにがあった?とグーフィーから問われてしまい、思わず病気になってしまったことを伝えたのです。その時グーフィーはとっさにハグをしてくれて、その後「僕はここにいるから、いつでも会いに来い」って言ってくれたんですね。(言ってくれたってジェスチャーなので私の解釈ですが)この言葉に、先述の通りの状態になっていた私は、こんな言葉をここ舞浜でかけてもらえたという驚きと同時に、何とも言えない気持ちになったんですね。私の居場所がここだと指示してくれたわけです。居場所を失い、全てに絶望し、体も完全に回復するのかわからない、この先どうなるのかも分からない、不安だとか自尊心の低下、孤独・・・様々な負の感情に襲われていた私を、グーフィーが救い上げてくれたのです。きっと、グーフィーにしてみたら突然のことで何を言うんだと驚いたと思う、もしくは、またこんな病んでいる系の女が現れたと思ったかもしれない。でもとっさに、(いやでも咄嗟にでもなかったかもしれない。ちょっと考える時間があったかな)この言葉を投げてくれたことで私の心は確かに救われたのです。また、それと同時に、長年に渡って通っていたことで、知らず知らずのうちにディズニーランドという場所でコミュニティを築いていたんだ、ということに気付かされました。


多分これを書くと療養しているのに何をしているんだと非難する人が現れると思うけれども、この疾患に罹った私が心の安全を確保するためには必要な行動であったと今でも思っている。荒療治で医者から怒られたけれども、でもあの場所での休養とコミュニケーションは私にとって非常に重要だった。あのままだったら、きっと誰ともコミュニケーションを取らず一人で殻の中に閉じこもっていただろうと思う。

ここで冒頭の容疑者xの献身の話に戻るのですが、石神が花岡靖子へ宛てた手紙の内容になるのです。この手紙の内容を見て、石神の行動原理が、私の鬱罹患前後の絶望の淵にあるときに救い上げてくれたグーフィーに対する気持ち・行動原理と同じだと。この舞浜での一件ののち療養を続け、職場復帰できる状態(通常勤務ができるだろう状態)になったわけですが、お礼を言おうとパークへ行ったにも拘らず時期が悪く何も伝えることが出来なかったんですね。(雨天&混雑期)なので手紙を送ることにしたんです。オリエンタルランド様方グーフィー宛の手紙。届くんです、こういう手紙。(余談だけども、このとき舞浜で友人ができて、その子に事情を相談して送り方を教えてもらった。)石神の手紙に認められた「私が何を言っているのか、あなたはお分かりにならないでしょう。」この気持ちを持って私は手紙を送ったのです。手紙には私の素性、当時のグリーティングの様子、それまでに至る私の気持ち、その時抱いた感情・・・”グーフィーはきっと忘れていると思いますが”という言葉を添えて。そう、忘れていてくれていいんです。だって取るに足らない、その辺によくいるオタクの話なんて面白くも何もないでしょう。そんな存在忘れていてくれて良いのです。いつか遊びに行かなくなるオタクのちょっとした気持ちなんて、本当は知らなくていいんです。でも私はただただ感謝を伝えたかった。あなたの存在が、誰かを救う存在になっているということを知ってほしかった。その一心で手紙を書きました。あとは社内の評価が上がればいいなって。上がったかな。笑 

そのあとは分かりません。きちんとグーフィーの元まで届いたのかは分からない。でもオリエンタルランドから返事のはがきが届いたので、オリエンタルランドにはあるのでしょう。そしてきっと誰かが読んでいるのでしょう。オリエンタルランドの誰かが、日本の端っこにいるちっぽけな人間を救うヒーローになったことを誰かは知っているのだと信じている。

この話、美談ととらえることもできるし、独りよがりで他人の気持ちを想像できない人間の行動ともとれる。でも、そんな話を残したかった。一人で生きることは困難で、ちょっとしたことが誰かの支えになるということを。

おしまい!

再び余談ですが、寛解には至っておらずと書いた通り、職場復帰して半年以上、鬱の波を行ったり来たりして絶望に追いやられる時の方が正直多いです。でもこの時の出来事を胸に、この地に踏みとどまって生きている。脳機能の低下が鬱病の症状としてあり、今それが顕著に出ていて文章を書くことが困難な状態にある。それでも這いつくばって生きています。なんのために生きているのか分からなくなることの方が多いけれど、夢も希望もないけれど、今生きてます。本当は仕事辞めた方が良いんだろうね。でも、転職って難しいよね・・・っていう話はまたどこかで。

冬の話~みんなえみふる!~

www.yakult-swallows.co.jp

つば九郎をいつ頃知ったのかは覚えていない。でもたぶん、ニコニコ動画ドアラの動画を見て、そこから派生して球団マスコットの情報を仕入れ始め、そのころ初めてつば九郎を知ったんだと思う。

つば九郎のあのフォルムが凄く可愛いと思っていたら、やることなすことは傍若無人。まだまだ畜ペンという名前が夜を馳せていた頃だったから、それはそれは面白おかしく球団マスコットファンの方が撮影する動画や写真を眺めては、いつか会いに行きたいなあと思いつつ15年近い年月が過ぎた。
その間に私は様々な球団マスコットを好きになり、今はテーマパークのキャラクターのファンとして各地のパークを歩いている。

ただただ寂しい。当たり前のように見ていて、当たり前のようにシーズン最初の姿を見て、オールスターのマスコット交流の姿を見て、優勝が絡むシーズンになるとビールかけできるかな?とそわそわとし、契約更改の茶番劇を迎える冬を待つ・・・そんな1年を知らず知らずに送っていた。
いつからか、私が好きなマスコットの背中に少しばかりの寂しさを感じるようになり、様々な休養の知らせに心ざわめく・・・いつか当たり前のように見なくなる日が来るんだろうか、なんてうすらぼんやり、本当に薄らぼんやりとほんの一瞬だけ頭を過る。でも杞憂なことだとまた1年を過ごす。そんな日々を送っていた。

今の私は特にディズニーキャラクターのファンとして舞浜でたくさんのキャラクターに会い、そして更に言えば地元のテーマパークでも毎月毎月キャラクターと顔を合わせて茶番を楽しんでいる。(今シーズンはまだ行けてないけど)毎月毎月顔を合わせると、当たり前のように顔を覚えてもらい、お決まりの遊びで1日を過ごす・・・ということが当たり前になってくる。なので嫌でも気づくときがある。

かつて日本ハムファイターズのマスコット「B☆B」がそれを憂い、防ぐためにメインマスコットの勇退をしたように、マスコットやキャラクターの世界には禁断の魔法がある。魔法というか、劇薬だと思うけれども。それは体の衰えなのか、次へのステップへ飛躍するためか分からないけれども、ある日突然魂は入れ替わる。ファンである私たちは、それを何も言わず、追いかけることもできず、ただ黙って受け入れる。でも私たちの記憶からその姿、仕草は消えることはできない。永遠と心に生き続ける。いつでもその時の情景を思い出すことが出来る。それでもその影を追い、無性に会いたくなる日を乗り越えなければならないけれども。

B☆Bがブログに綴っていた今回のこと。誰もこのような状況に遭遇したことがない、ということ。そうか、経験したことがないのか。魂の入れ替えは、きっとどこかで生きている、また会えるという希望を持つことができるけれども、あの毒舌の、あのユーモアの、あの愛のあるつば九郎にはもう二度と会えない。みんな生きているから、老いていくことは当たり前のことで、そしてこの世を去ることも当たり前のこと。それが早いか遅いか、自然の摂理ではそれだけのこと。

それでも無性に悲しくて寂しくて仕方がない。一度も会いに行ったことがないのにね。
会いに行けばよかったな。あんなにも中日ドラゴンズやヤクルトの試合日程を見て、ナゴヤドームに来るんだ~って確認していたのにな。何をしていたんだろうな、私。こんなにも大好きだったのになあ。

後悔の念ばかり押し寄せる。
ありがとう、つば九郎。元気でね。

僕、この中でひとつ

大事なこと書き忘れてました。

「特効薬」で失うものが記憶ともうひとつ、

それは「個性」です。

つば九郎の存在感は、

まさに「個性の塊」そのものでした。

ドアラにしてもしかり。

そしてその個性こそが、

一番ファンを惹きつける部分だったことは、

ファンの皆さんなら僕が言うまでもなく

よくお分かりかと思います。

それが果たして良いのか悪いのか、

世の中では賛否両論あるでしょう。

特に組織の中では、

それは「属人化」という言葉を使って

まるで目の敵のように扱われます。

だけど、「個性≒魅力」になってることは

ポーツマスコットの世界、

少なくともプロ野球マスコットに関しては

紛れもない現実。

マスコットは選手に比べたら

活躍寿命は長いかもしれないけど、

個性が強くて魅力的なマスコットほど

いつか必ず「終わり」は来ますよ。

だって、僕ら生きてますから。

SNSやネット上ではファンのみならず、

選手や各界の著名人も含めて

つば九郎の功績を惜しむ声が溢れてますね。

それだけ彼がみんなに

愛されてた証でもあるけど、

彼の「代わり」って誰もいないんだ、

ってことを、つば九郎は身をもって

示してくれたように感じます。

今回があまりに突然のことだったんで

余計に…。

これから先、スワローズのマスコットを

どうしていくべきなのか、

たぶんヤクルト球団の方は今

相当悩んでるんじゃないかと思います。

他球団のことなんで僕には

あれこれ意見できる筋合いじゃないけど、

ひとつだけお願いできるとしたら

できるだけ多くのファンの方々が

納得できる道を選んでほしい。

そう、心から願います。
www.bbthehome.com

「The HOME~B☆Bみらい大志Diary」 より。


先日、いつも楽しませてくれるキャラクターに、自分が撮った写真をポストカードにして渡したのよ、その時思わず言ってしまったのは「(この時を)永遠に忘れないでほしいから作った」って言葉。心の底から楽しくて楽しくて、そしてどうしても思い出にしてほしくてね。笑 でも、ポストカードの行方がどうなるか分からないし、皆にとってはただの一ファンに過ぎない。でもその姿に励まされてるということを知ってほしくてね。

今無性に、これまで出会ってきた数々のアクターさんのことを思い出す。
何も言えずに別れを告げた方、今も変わらず楽しく接してくれている方、その姿に私は凄く感謝しているのです。
沢山励まして、笑わせてくれて、沢山構ってくれる皆さんに感謝しています。

冬の話~正月早々舞台鑑賞の日~

2025年正月早々帝国劇場でレミゼラブルを観ました。

そりゃもう飯田洋輔さんがジャンバルジャンを演じるとのことではせ参じたわけです。
ここまで書いてきていないけども、昨年はディナーショーにも参加でき、そして新年は正月から舞台を拝見できる・・・。
ファンとしてはありがたいですね。


ということで感想ですが、まず、帝国劇場の席が悪すぎた・・・。前の人の頭が邪魔でセンターが見えない。笑
初めての帝国劇場でどんなもんやと思っていましたが、ここまでとは。
これでS席1階真ん中エリアなのか・・・となると東宝の強引さを感じる。
舞台を見るには適してない劇場だなというのが正直な感想。地元の市民ホールと変わりがないなと。

舞台自体は、レミゼラブルだなあ・・・。という。笑 それ以上でもそれ以下でもなくという正直な感想。
飯田バルジャン×小野田ジャベール回だったんだけども、小野田ジャベールの自身の信念に追い込まれていく姿が圧巻でした。
いやほんともう一度近くで小野田ジャベールを見たい。
アンサンブルの厚みも声の聞き取りやすさも良かった。
飯田バルジャンは演技が丁寧だったし、やっぱり独白までの姿がとても良い。
BHHは海外プロダクションとか色々沢山聞いてきたけれども、祈りの言葉なんだなと。
ソロコンサートでのアンコールでドイツ語の鎮魂の唄を歌われた時の姿を思い出した。


ということで簡単に感想をば。

春の話~推しのソロコンサートに行ってきた~

飯田洋輔ソロコンサートin 神戸に行って来ました◎

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2009年の5月に美女と野獣のビーストを見て早15年。
あの時のあの甘い歌声に心落ち、そこから15年ちまちまちまちまと見に行きました。
劇団四季ならいつでも観に行ける、と思ってから15年の月日が流れ、彼が劇団四季を退団。退団後ファンクラブ開設で早速加入。笑 
地方民からすると退団=観に行きにくくなる!なのですが、今回独立後初のコンサートを関西でも公演してくれるとのことで、抽選申し込みしたら、5列目どセンターが当たってしまいました。
ということで当日は気合い入れて神戸入り。

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始まりから色々衝撃的だったソロコンサート。
最初の曲は知らない曲だなーと思って聴いてたらアンマスクドの作家?作曲家?プロデューサーに曲を作ってもらった!って。いやいやいやいや。いやいやいやいや。
2曲目はAll of me。ディズニーシーのBig Band Beatのアレンジのまんま。歌い上げるところとかほんとそのまんま。前半は過去を表すらしいので、いやこれあーたが舞浜でゴンドリエしてたって話からじゃないのかい?と思いたくなった。いやほんとびっくりして空いた口が塞がらなかった。
All of meくると思わないじゃんだって。(と言う話からゴンドリエは芸大枠なのかと。今はもう歌ってないよねゴンドリエ)

で、ここら辺からメチャクチャバンドが上手いことに気づく。5人しかいないのに音の厚みやバランスがメチャクチャ良い。そして何よりバイオリンが素晴らしい。倍音がすげーのなんの。ヴァイオリン主体のオケ曲で倍音響き渡るならわかるけど、これミュージカル曲ばかりよ?てもう途中からバイオリンの方ばかり見てた。
新しい出会いに大感謝しかない。

色々あるけど、1幕ラストは美女と野獣の“愛せぬならば"私はこの曲が大好きなのよ。大好きなのは旧演出の美女と野獣。この曲がミュージカルで1番好き。あの15年前のあの日、私が飯田さんに落ちたあの日は鮮明に覚えてる。あの頃と変わらず、、、といえば荒々しさは減って、ゲロ甘から甘いに減ってしまっていたけど。それは役から離れた月日の長さを語ってるのかもしれないな。
最後のロングトーン、圧巻のロングトーン。素晴らしくて最後座席で動けなかった。私はオペラ座よりこのビーストが1番好きでした。
やっぱり浅利慶太がみっちりと稽古してくれた時が1番良かったのかもしれないとふと思ってしまったり。飯田さんは浅利イズムを知る最後の世代かもしれない。なんて。(今の四季に色々言いたいことがあるのよ)

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2幕はまさかの勝利めざしてで、四季時代にチェとかやってよかったなーて思った。どちらかと言えば福井晶一路線だったのかもしれないな。
2幕はは未来とかこれからの世界をお届け!と言うことで最初にでできたのはレミゼラブルのバルジャンの独白!いやこれコンサートで歌うやつじゃないと突っ込みたくなる、もはや1幕見せてもらった感じ。レミゼ出るのかなーてみんな邪智してるけどこれで出なかったらどうするのか。
あとエリザベートとから最後のダンス。兄トートあり!!!いける!!!でもウィーン版演出でドイツ語で見てみたい!ウィーン版でがっつり出てくれないかな。バリトンの主役級ミュー歌手いないからな。

とにかく印象に残ったとこだけ書いてみた◎
この先困難な道のりだけどついてきてね、というメッセージだったので甘んじて茨の道を一緒に乗り越えようと思います。はい。
お芝居する姿をたくさん拝見したいです。げろげろ甘々な役を待ってます!

冬の話~最後のCFY~

2024.1.10と1.13にクレイジーフォー・ユー名古屋公演を見ました。

最後に見たのは、2011年の全国公演。歴代ボビーは加藤敬二と松島勇気を見ています。

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懐かしいですね。あとから思うと退団者ばかりだったあの時の公演。そして、そのあと2015年にも公演があり萩原隆匡さんがボビーとしてデビュー・・月日は百代の過客にて、なんてほんとうまい言葉回しだと思う。

ご存知ガーシューイン音楽に乗ったラブコメミュージカル。私はこの作品が大好きなんだけども、如何せんコメディ部分に対する劇団四季のアプローチが弱いなあという思いがあったから(なんか醒めた感じになる演技ばかりだった記憶があった)期待半分でした。

が!!!!!!

** 萩原隆匡ボビーがすごいのなんのって!

びっくりしまして。本当に。こんなに芝居のテンポがとても気持ちよく進み、がしがしと客席の笑いを取っていく。前回見たとき、こんなのじゃなかったよ?という驚きがすごかった。とにかく萩原隆匡の演技が光っている!

前回のデビューを見ていないのでなんとも言えないのだけども、おそらくはいろんな経験もあっての今に至っていることは確かで、その中でもアラジンのジーニーを経験できていることはとても強いんじゃないかと思う。歌もべらぼうにうまくなったね!!!(私、ハギーがメインで歌うのこの作品が初めてだと思う)(よくよく考えたらメインキャストもサブキャストもできるハギーってめっちゃ強いよね)
萩原隆匡の良いところを書き連ねると、とてもとても長くなるんだけども、特にとなるとラストのシアター前でのソロダンスシーン。今まで見ていた時ってよくわからなかったんですよ。ボビーの心境が。でも今回のハギーのダンスを見て、ああこれは迷い未練がましくいるポリーへの思いを爆発させていくダンスなのだと。あの最初の小さな足のステップから始めるダンス・・・そして「ポリー!」という叫び。この叫びもハギーが一番好き。思いが一番伝わってくる。

ただ、1月13日だけは少しだけ雰囲気が違った。今回のツアーは三重と名古屋を見ていて、三重と名古屋初日は正直なところハギーのレベルからすると省エネモードだったり疲れているなと。笑 あの萩原隆匡が疲れている?!という驚きもあったけど、私の年齢からして多分ハギーは今40歳の真ん中らへんの年齢だろうから致し方ないのかなと。

でも1月13日。そうキャスト変更前最後の登板。これが終わるとハギーは新作稽古に入るので最後のボビーの日。
ラストのシアター前でのソロダンスで、ポリーのもとへ飛び馳せる直前。(指差しする前ね)早い段階で帽子を外して普段は見ない客席の方を見て軽く会釈をして(帽子を使った挨拶)飛んで行ったの。
そもそもシアター前のピンクダンサーを見ている姿も、今まではポリーを思って悩み、考え込んでいる様だったけど、この日だけはなにも考えずただただ眺めているだけのように見えた。そして、そのままダンスに入ったけど、噛みしめるように、なにか違う感情があふれているようなダンス(顔をくしゃくしゃにして踊ってた)で、もしかして、踊ること自体が最後じゃないよね?って思ってしまった。最初は、ボビーという役を演じることはこれが最後だなということを私自身も思ってその目線で見ていたんだけど、(I Gotでみんなを見る目線が慈愛に満ちていて、いろいろな思いがあるのだろうと)でもなんかそれだけじゃないような雰囲気も醸し出していた。

渾身のボビーチャイルド。私の大好きな萩原隆匡がたくさん詰まった姿。
15年前の55ステップスでツナギを着てタップダンスを踏んでいる姿を見て、ああすごく格好良いと。あの瞬間からひとめぼれをした。腰を落として踊る姿が大好きで、ターンもすごく格好良くて、ちょっとシニカルな横顔も大好きで。ほんっとうに大好きだったなあ・・・て噛みしめながら見ていたら涙が止まらなかった。私が踊る萩原隆匡を見るのはこれが最後だと思う。また見れるかな。やればできる。そうでしょ?


今回の名古屋はアンサンブルキャストもアドリブをガシガシと入れてくれていて、とてもとても良い雰囲気でした。サンボのハンドコさんと巌さんが特にギャイギャイに盛り上げてくれて。I Gotとか最高でした本当に。ほんっとうに。そんなハンドコさんと舞台上ですれ違うたびにグッドポーズをしたり、腰を叩いていいよ!って伝えるハギー。ピートの田井さんと楽しそうに話しているハギー。萩原隆匡の演じてきた役の役者と絡んでいると、万感たる思いが私にもあふれてくる。ピートやってたね。見てたんだよ。魂を過去に置いてきているから、もうほんっとうにね、泣けて仕方なかった。

あの最後の一瞥する萩原隆匡の姿が忘れられない。周りはみんな楽しかった!って言っている中、一人ぐずぐずと泣いてしまった。ずっと萩原隆匡のボビーを見ていたい。DVD出してくれないかな。CD出し直さないかな。版権厳しいよねきっと。無理よね。でもね、歴代最高のボビーだと思うんだよ。

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このころは幸せだったね。関西圏では行く先々で萩原さんが出てたんだもの。

私の青春が終わりました。ぽっかりと抜け殻のよう。あんな姿見たことないよ。本当にありがとうございました。お疲れさまでした。ずっと踊っていてください。お願いします。