昨晩のフジテレビ系列で放送された容疑者xの献身を見て思うところがあり、これまで記録するつもりもなかったことをここに書き残そうと思う。
容疑者xの献身の存在は知っていて、ただ、原作である小説はもちろん、映画版を見たことはこれまで一度もなかった。ガリレオのテレビシリーズは見ていたかな、という程度。昨日なんとなく見ていて、物語のミスリードであったり、堤真一が演じる石神の存在そのものが視聴者に与える印象というものが非常に驚きを与えられたというか。特に、ラスト30分以降明らかになる事件の真相、石神の行動の真意、その純愛・・・純愛ではない。石神が抱いた花岡親子への恩義。このストーリを知り、なぜこれまでこの映画を見てこなかったんだろうかという後悔と同時に、この石神の行動原理はこの1年半の間に私自身の人生に起きたことそのものじゃないかと驚かされた。なにかこのタイミングで見ることが必然であったかのような、そんな気持ちを抱きました。
私はあなたに感謝しているのです。
人生に絶望し全てを投げ出そうとしていた私を、
救ってくれたのはあなたなのですから。
私が何を言っているのか、あなたはお分かりにならないでしょう。
それでいいんです。
私は、2024年に入って精神疾患を患いました。よくある鬱病。今現在として寛解には至っておらず薬物治療を継続しています。原因としては話が長くなるけれども、すべて仕事・職場における私自身の存在意義が分からなくなったことによるものかなと。一つとしてはコミュニティから外される、疎外感を覚えたことによる絶望。もう一つとしては、職場環境(転職後すぐの人員の不安定さ)、自身の理想と現実の違い。これまで私はメンタル疾患にかかる人をたくさん見てきたのだけれども、単純に長時間労働(まあ労災認定にあたっての指針なので)であったりパワハラなどのハラスメントからなるのかなと思っていました。でもこれはその通りでもあるけれども他方少しずれていて、コミュニティからの排除・疎外・孤立意識からくるものなのだと。その人の自信であったりやる気、自己肯定感・・・そういったものが様々な要因で削がれていくことによって起きるのだと。少なくとも私はそれが原因でした。(後々に罹患したことのある人に話を聞くと似たようなことを言っていたのであながち間違いではないかなと思う。まあきちんと資料などを読んだりはしていないので、あくまでも自己分析の結果・・・ではあるけれども)
このコミュニティからの排除・疎外・孤立意識というもの、これについて、人間というものは生まれたときから何かしらの社会に帰属し、社会の中に生きているということを潜在意識に刻み込まれているわけです。家庭・学校・会社・・・この中の一番小さなコミュニティで、かつ死ぬまで影響を与えるものが家庭。
私自身の話に戻るけれども、私の家庭というものは今思うと幼い時から現在まで非常に不安定でした。なぜかといえば一般的にいう”普通”の家庭ではなかったから。(今これを語るつもりはない)精神疾患に罹った時、まず頼るのは家庭・家族になると思います。しかし、私の三親等以内の人間は病気への理解や私自身への理解はなく、非常に独善的/自己正当化している人間ばかりでした。(まあ簡単にいえば、精神疾患の標準的な治療(薬物治療)を否定してきたんですね。とんでもないですね。これに関して言えば、医療従事者である親族が助け舟を出してくれたので、その後は放置状態となりましたが、まあこの通り察するに余る状態な家族というわけです。)
また、この精神疾患の原因となる会社。これがまた非常に困ったことで、自宅から会社がものすごく近い。とても近い。なので結果的に診断が下りて2週間後に休職となったのですが、この休職期間となっても心理的に落ち着かない。通常、鬱病とか適応障害っていうものはその原因からひとまず遠ざかる必要がある言われています。が、私にしてみると普段の生活圏内に会社がある。これは本当に良くなかった。全く体が動かなかった時期(倦怠感が非常に強い時期ですね)に関しては良いのですが、徐々に体が動くようになると散歩など体を軽く動かすことを勧められるわけです。でも外に一歩出ると会社が見える。環境的によろしくない。ということで私自身非常に悩みました。
こういった周囲の環境(家族・会社)から、とにかく自宅にいることすら苦痛でした。嫌で嫌で仕方がなかった。嫌という気持ではなかった。このままの状態ならここにいる意味がない。そういう心理状態に陥ってました。ただ、これを医師にいうことはなかったです。だってこれ医師の考えることではないから。なので私は窮地に追いやられたのです。
ここで私の趣味の話になります。私の趣味・・・このブログを過去から読むと分かりますが、映画だったり、舞台を見ることだったりします。ここ数年は趣味の場がとある場所となりました。そう、東京ディズニーランド。とにかく逃げ場が欲しくて、この地から逃げたくて、診断から2か月程度経ったある日、私は無理矢理東京ディズニーランドに行くことにしたのです。通常鬱病の患者が身体的に負荷の掛かる行動を取るのは難しいのではないかと思われそうですが、何故私がこの地に行けたのか、ということになると、何も考えなくても行動ができる場所であったからということと、私がグリーティングだけをしにディズニーへ行くディズニーオタクだからということになります。アクセスの仕方、宿泊地の選択、園内での行動、周辺の地理・・・私にはそれらの知識があり、かつ、私にとってのパターンが全部決まっていたので何も考えずに行動できたのです。またアトラクションに長時間並ぶなどということもしない人間なので行けるだろうと思い行きました。普通の人にはお勧めしません。私には這いつくばってでもだどりつける手段と考えがあったからです。
(ちなみに当時、舞台を見ることは非常に苦痛でした。うつ病の症状として感覚過敏があり、光や音というものに非常に弱くなっていたので劇場という場は私にとって一番の鬼門になっていました。実際何本か見に行けなかった。)
私がディズニーランドにどっぷりと浸かることになった切っ掛けというのは、とあるキャラクター、というかグーフィーなのですが、そのグーフィーとのふれあい(グリーティング)がきっかけです。コミュニティからの疎外・排除を味わい、絶望の淵にいた私が最後にたどり着いた場所、助けを求めたものがグーフィーでした。まあ迷惑な話ですね。
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私とグーフィー。私はゲストで、グーフィーは夢の国の住人(夢と魔法の王国?冒険とイマジネーションの海?まあどちらでもいいです。)。とはいっても、でもグーフィーも生きています。遊びに行けば、旧知の仲になることもあります。そう何度となく遊んできたグーフィーに鬱を発症後初めて会い行きました。グーフィーはもちろんそんなこと知りません。当たり前です。私がどこから来ているかも知りません。そんなこと話したこともない。なんとかたどり着いた舞浜、そこで会ったグーフィー。私はグーフィーの姿を見たとき、凄まじい安堵感に包まれました。グリーティングしたとき、思わず自分の身の上のこと、自分が今苦しんでいること、ここ1か月以上外出ができておらず久しぶりに会いに来たことを、グリーティングをするオタクがよくある口調でぺらぺらと話したのです。そうすると、なにがあった?とグーフィーから問われてしまい、思わず病気になってしまったことを伝えたのです。その時グーフィーはとっさにハグをしてくれて、その後「僕はここにいるから、いつでも会いに来い」って言ってくれたんですね。(言ってくれたってジェスチャーなので私の解釈ですが)この言葉に、先述の通りの状態になっていた私は、こんな言葉をここ舞浜でかけてもらえたという驚きと同時に、何とも言えない気持ちになったんですね。私の居場所がここだと指示してくれたわけです。居場所を失い、全てに絶望し、体も完全に回復するのかわからない、この先どうなるのかも分からない、不安だとか自尊心の低下、孤独・・・様々な負の感情に襲われていた私を、グーフィーが救い上げてくれたのです。きっと、グーフィーにしてみたら突然のことで何を言うんだと驚いたと思う、もしくは、またこんな病んでいる系の女が現れたと思ったかもしれない。でもとっさに、(いやでも咄嗟にでもなかったかもしれない。ちょっと考える時間があったかな)この言葉を投げてくれたことで私の心は確かに救われたのです。また、それと同時に、長年に渡って通っていたことで、知らず知らずのうちにディズニーランドという場所でコミュニティを築いていたんだ、ということに気付かされました。
多分これを書くと療養しているのに何をしているんだと非難する人が現れると思うけれども、この疾患に罹った私が心の安全を確保するためには必要な行動であったと今でも思っている。荒療治で医者から怒られたけれども、でもあの場所での休養とコミュニケーションは私にとって非常に重要だった。あのままだったら、きっと誰ともコミュニケーションを取らず一人で殻の中に閉じこもっていただろうと思う。
ここで冒頭の容疑者xの献身の話に戻るのですが、石神が花岡靖子へ宛てた手紙の内容になるのです。この手紙の内容を見て、石神の行動原理が、私の鬱罹患前後の絶望の淵にあるときに救い上げてくれたグーフィーに対する気持ち・行動原理と同じだと。この舞浜での一件ののち療養を続け、職場復帰できる状態(通常勤務ができるだろう状態)になったわけですが、お礼を言おうとパークへ行ったにも拘らず時期が悪く何も伝えることが出来なかったんですね。(雨天&混雑期)なので手紙を送ることにしたんです。オリエンタルランド様方グーフィー宛の手紙。届くんです、こういう手紙。(余談だけども、このとき舞浜で友人ができて、その子に事情を相談して送り方を教えてもらった。)石神の手紙に認められた「私が何を言っているのか、あなたはお分かりにならないでしょう。」この気持ちを持って私は手紙を送ったのです。手紙には私の素性、当時のグリーティングの様子、それまでに至る私の気持ち、その時抱いた感情・・・”グーフィーはきっと忘れていると思いますが”という言葉を添えて。そう、忘れていてくれていいんです。だって取るに足らない、その辺によくいるオタクの話なんて面白くも何もないでしょう。そんな存在忘れていてくれて良いのです。いつか遊びに行かなくなるオタクのちょっとした気持ちなんて、本当は知らなくていいんです。でも私はただただ感謝を伝えたかった。あなたの存在が、誰かを救う存在になっているということを知ってほしかった。その一心で手紙を書きました。あとは社内の評価が上がればいいなって。上がったかな。笑
そのあとは分かりません。きちんとグーフィーの元まで届いたのかは分からない。でもオリエンタルランドから返事のはがきが届いたので、オリエンタルランドにはあるのでしょう。そしてきっと誰かが読んでいるのでしょう。オリエンタルランドの誰かが、日本の端っこにいるちっぽけな人間を救うヒーローになったことを誰かは知っているのだと信じている。
この話、美談ととらえることもできるし、独りよがりで他人の気持ちを想像できない人間の行動ともとれる。でも、そんな話を残したかった。一人で生きることは困難で、ちょっとしたことが誰かの支えになるということを。
おしまい!
再び余談ですが、寛解には至っておらずと書いた通り、職場復帰して半年以上、鬱の波を行ったり来たりして絶望に追いやられる時の方が正直多いです。でもこの時の出来事を胸に、この地に踏みとどまって生きている。脳機能の低下が鬱病の症状としてあり、今それが顕著に出ていて文章を書くことが困難な状態にある。それでも這いつくばって生きています。なんのために生きているのか分からなくなることの方が多いけれど、夢も希望もないけれど、今生きてます。本当は仕事辞めた方が良いんだろうね。でも、転職って難しいよね・・・っていう話はまたどこかで。